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札幌地方裁判所 昭和29年(ワ)962号 判決 1956年9月06日

原告 大森土建株式会社

被告 日本電信電話公社

訴訟代理人 林倫正 外二名

主文

被告は原告に対し金百十九万二千九百二十円二十五銭およびこれに対する昭和二七年一〇月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告に於て金二十万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人らは主文第一、二項と同旨の判決並に仮執行の宣言を求めその請求原因として次のとおり述べた。

一、被告は肩書地で土木建築業を営んでいるものであるが、昭和二七年九月札幌市から同市東八丁目街路拡築工事を請負い、同月二二日着工、右工事の一部である下水幹線新設工事施行のため、同市南一条東七丁目先道路を掘さく中、たまたま同年一〇月二日午後三時一六分被告の被用者である土工夫訴外加藤三治郎は同地点地下約一、二米の箇所に右下水幹線と斜に交さして埋設してあつた原告所有の電話線および電信線として現用中の四〇〇対地下ケーブル(電信回線一〇六回線、市外電話回線二五三回線を収容している)をシヤベルおよび鶴はしをもつて二ケ所に欠傷を与えたのみか鋸を用いて右ケーブルを切断してしまつた。

二、被告が札幌市から請負つた前記道路拡築工事実施に当つては道路地下には原告会社のケーブルその他他の企業体などの地下埋設物が存するか否かについては予め調査を行うは勿論地下埋設物の存するときはその所有者の立会を求める等損害の発生を未然に防止する措置を講ずべく、道路掘さくに際し地下埋設物を発見したるときはこれを損傷しないように注意すべきにかかわらず被告の被用者である訴外人加藤は不注意にも前記の行為に出で原告公社に次のような損害を加へたのである。

従つて被告はその被用者である訴外加藤の行為につき使用者として原告の受けた損害を賠償する義務がある。

なお被告は本件道路工事に当つて注文者札幌市の工事監督員から予め道路地下に原告公社のケーブルが埋設されていることを知らされていたのであり被告の被用者に対する監督が十分でなかつたことが明らかである。

三、右一〇月二日はあたかも国会議員選挙開票日であつて同日午後三時一六分から右ケーブル収容の札幌電話局からの道内各地および本州各地に通ずる電信電話の全通信線は突如不通となり原告公社も右と同時にこの障害を知り同日午後三時二〇分から復旧工事に着手したが復旧工事完了まで最短四時間四分最長六時間四分を要しこの間電信および電話通信の停止状態は継続したので別紙記載のような損害が発生しその額合計百十九万二千九百二十円二十五銭に達するので被告に対し右金員とこれに対する不法行為の日たる昭和二七年一〇月二日から完済に至るまで年五分の民事法定利率による損害金の支払を求める。

被告訴訟代理人らは原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として次のように述べた。

1、原告の主張事実一、のうち訴外加藤三治郎が被告の被用者であるとの点は否認、その余は認める。

2、同二、について否認。

3、同三、のうち原告主張の日が選挙開票日であり通信線の不通となつたことは認めるが、その余の事実は知らない。

4、被告は札幌市から請負つた本件道路拡築工事の一部を訴外佐藤由松をして金三十万円で請負はせたものであり右佐藤はその下請負工事の施行として訴外加藤を使用して本件事故発生箇所の工事を施行したものであつて同人らが原告に損害を加えたとしても注文者である被告は請負人たる佐藤又はその被用者の行為による損害につき責任はない。

原告訴訟代理人らは被告の4、の主張に対して次のように答えた。

被告と佐藤由松との間に請負契約の存した事実はない。訴外佐藤は単に被告に対し人夫を供給した者にすぎないのであつて本件事故発生箇所の工事に当つては右佐藤は工事を為すにつき自己の供給した人夫の監督義務なく被告会社の現場監督者である須賀芳政がその監督にあたつていて訴外加藤三治郎も佐藤由松が被告に供給した人夫の一人として右須賀の監督の下に被告の事業である本件工事に従事していたものであつて、かりに佐藤由松が被告との間に下請負契約と称するものが締結されていたとしてもそれは工事の完成を目的としたものでなく単に人夫供給についての約定を内容とするものであつて法律上の請負契約と見ることはできない。

たとえ、不法行為者である加藤三治郎を被告との間に直接の雇傭関係が存しなかつたとしても右加藤は本件工事につき被告の現場監督者の指揮監督に服して本件工事の施行に従事していたものであるからその実態は被告と雇傭関係にあると異るところなく被告は訴外加藤の行為につきその事業である本件工事執行に付使用者としての責任を免れることはできない。

被告訴訟代理人らは右原告の主張を否認した。

<立証 省略>

理由

一、被告が肩書地で土木建築を業とするものであつて昭和二七年九月札幌市から同市東八丁目街路拡築工事を請負い同月二二日着工、右工事の一部である下水幹線新設工事施行のため同市南一条東七丁目先道路掘さく工事中同年一〇月二日午後三時一六分土工夫加藤三治郎が同地点地下約一、二米の箇所に右下水幹線と斜に交さして埋設してあつた原告所有の電話線および電信線として現用中の四〇〇対地下ケーブルをシヤベルおよび鶴はしで二箇所に欠傷を与えた上鋸で切断したことは当事者間に争のないところである。

二、しかして原告は、右加藤が被告の被用者であることを主張し被告の使用者として加藤の不法行為に対する損害の賠償を要求するのに対し被告は右加藤は自己の被用者ではなく被告の下請負人たる訴外佐藤由松の施行した工事により同人の被用する加藤の行為であると主張するので先ずこの点につき審案するに、証人須賀芳政、同浅尾基彦の各証言中には被告は本件事故箇所の工事を佐藤由松に請負わせたものであること、その契約を証する為乙第一号証の一、二の契約書を徴したことなどの供述があるのであつて更に成立に争のない右乙第一号証の一、二によれば請書と題する契約書が存することが明らかである。

然しながら、証人佐藤由松の証言によれば同人は被告と請負契約を結んだことはなく、単に人夫の供給を頼まれて本件事故箇所工事につき訴外加藤三治郎を含む人夫を被告に供給しその賃金を受領したものであつて右乙第一号証の一、二は人夫供給の契約を明らかにし同号証の二は労務賃金の内訳を記載したものにすぎないことおよび証人折笠七郎の証言によれば右乙第一号証の二の記載の金額ではその殆んどの工事が出来ないことが認められること。もつとも被告は材料は一部を請負人たる佐藤が供給し残部は被告の供給による請負契約であるというのであるが如何なる材料を何人が供給したかについては何等の証拠がないのみか、証人佐藤由松は資材を以て下請負をする資力がなく人夫供給のみを約束したことが認められ、しかも佐藤は当時建設業者としての登録はうけていなかつたことが認められること。一方、成立に争のない乙第五号証の一ないし七と証人佐藤由松の証言とを綜合するに同人は本件工事に時を同じうして豊平川護岸工事につき被告に対し人夫を供給している事実が認め得られるので本件工事も同様人夫供給をなしたものの如く推認されること。

証人須賀の証言によれば本件工事は右須賀が監督指導に当つたといつていること。

などの証拠があるのであつて、これらの証拠資料からすれば前記証人須賀および証人浅尾の証言中被告と佐藤由松との間に請負契約のあつたとの証言は直ちに信用し難いところであり、前示乙第一号証の一、二は請負契約の締結を証する証左とはなり得ずかえつて被告に対し訴外佐藤由松は人夫を供給しその賃金を受領するの関係にあつたものと見うけられるのであつて、被告は本件工事執行の為右加藤を使用したものというべく成立に争のない乙第二号証の一、二、同第三号証の一、二、同第四号証の一ないし三の記載も請負代金の支払関係を明らかにしたものであるとは即断できないし、乙第一号証の一の契約文書に源泉課税を佐藤由松が支払う旨の記載があつてもこれを以て被告の注文者たることを認定する訳にはゆかない。

三、そうだとすれば被告が本件工事の施行者でありその事業の執行のため佐藤由松から供給をうけ使用する人夫加藤三治郎が原告所有の電話および電信線を過失によつて切断した以上は被告は右加藤の使用者としてその加えた損害の賠償義務があるといわねばならない。

被用者加藤の過失については、証人須賀の証言によつて本件の切断された電話線および電信線は地下二尺五寸位のところに直径十糎位の太さで鉛で被服されたものであつたことが認められ、証人重村幸夫の証言によればその長さ五米にわたることが認められるところ、かかる物件を右加藤が何等の注意を払うことなく切断したものであることは本件弁論の全趣旨から認められるところであり道路掘さく工事をする者は水道瓦斯は勿論本件のような電話、電信線等の地下埋設物の存在に留意しこれを損傷しないように十分注意すべきことは当然の事理であるから容易にこれを認定することができる。

さらに以上の認定の事実は成立に争のない甲第一号証によつてもこれを裏付けることができるのである。

右認定に反する証人浅尾基彦の証言は信用できない。

四、次に損害額については証人重村幸夫の証言、成立に争のない甲第一号証を除くその余の甲号各証をそう合すれば原告の主張どおりこれを認めることができるのであつて他に何等の反証も存しない。(昭和二七年一〇月二日は国会議員選挙の開票日であつて原告主張のように電話、電信線の不通となつたことは被告の認めるところである)

五、よつて被告は使用者として被用者である加藤三治郎の不法行為により原告に加へた損害金合計百十九万二千九百二十円二十五銭とこれに対する右行為の時たること当事者間に争のない昭和二七年一〇月二日から完済に至るまで民事法定年五分の割合による損害金を原告に支払う義務ありといわねばならないから原告の本訴請求はすべて理由がありこれを正当として認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を仮執行の宣言については同法第百九十六条を、それぞれ適用の上主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木大任)

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